今後2~3週間程度はオフィス移転にともない、荷物の整理箱詰めなどほとんど1日肉体労働。
ある意味気楽でそれ自体は不満はないのだが、上司の指導力のなさ(ほぼ丸投げ)と協力の少なさ(単純に締め切りまで一人では作業が終わらないと複数回言っているが、ロクなヘルプなし)でイライラ。残業はしないし健康上できないので、このままだと終わんなくても知らんよと言っとかないといけないな。
定期訪問の中華屋へ晩飯で。
ホッキ貝のピリ辛トマトソース、前菜盛り合わせ、シャモとクレソンと干しタコとフカヒレのスープ、山菜と平貝のみそ炒め、車エビ揚げ物とタケノコ、フキノトウとバナイ海老の揚げ団子、ホワイトアスパラピータンソース、短角牛ステーキ、アンコウの麦麹中華そば、デザート。
シャモスープが素晴らしく美味かったなぁ。季節ものの各種山菜、短角牛、車エビなども非常に良かった。
どうも忙しさで料理の精度が多少上下するような気がするんだよなぁ。忙しい時でも美味いんだけど、余裕があるときは明らかにパワーアップしているような。
いつかは誘いたいと思っていた行きつけの割烹に一緒に行く算段もつき(潰れないうちに!)、お土産も貰っていつも通り大満足でございました。
図書館で借りて読了。
晩学で料理人になり、かつ複数店舗経営に成功しているだけあってしっかり考えて料理・経営しているなと。
味や料理についてはまあフンフンそうだねくらいの中身で、むしろ経営寄りの要素をの方が目だつ気がする。そういう意味ではビジネス書っぽい。
飲食店やりたい人は参考になるだろうし、このくらいは最低限踏まえていて当然というところか。
ただねぇ、経営志向が強い料理人が真に美味しい料理を作れるのかというと、どうもそんな気もしないんですよねぇ。世間人・家庭人・社会人としてはそちらのほうが良いに決まってるんだけど、経営志向(=世間性)ってどうしても「美」を生み出すことと相性が良くないという思いがぬぐえないわけですよ。
ある種のアナクロなロマンティシズムだと批判されそうだけど、行きつけの割烹の、真の天才料理人を現にサンプルで見てしまってるからなぁ。
ビジネス書っぽいので、スイスイ読めるのは助かりました。
図書館で借りて読了。
フランスで博士号を取得までしながら、健康を害し工場勤務など全く博士号が生きない職で働くという境遇に共感し読んでみた。
うーん、残念ながら哲学的な面白さは私はあまり感じられず正直物足りない。後半の宗教や人生の方が前半の自我論などよりもまだ面白いかな。
ゲーム的・知的遊戯的な分析哲学的哲学にある種の不健全さを感じるのは分かるが、かといって最初っから救いを求めて哲学をするというのも「哲学の思想への頽落」だろうし、著者に少しそういう傾向を感じて、そこに私は警戒感をどうしても持ってしまう。
日本の出身大学・大学院が分からないのも少しモヤモヤ。アカポスつけなかったのがなぜなのかのそこそこ効いてくる要素だろうからね。東大・京大・旧帝大出身なのかそれ以外なのかで大分受ける印象が変わるだろうし。